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失敗あるある
ギフトってむずかしい。
相手に嫌がれるものを送るつもりもないのに、それを避けすぎて喜ばれようと考えすぎて失敗する事多し。
相手に感謝の気持ちを贈りたいのだが、散々迷って贈った後で「大失敗だった」と夜フトンの中で涙したことは何度もある。
感謝の気持ちを示したいのに、逆効果だった今まで私がやらかした贈り物の失敗の数々(涙)を聞いていただきたい。
恥ずかしながら私のやらかした失敗の数々を告白します

- 相手の趣味に関するものを贈る×
初歩的な、馬鹿野郎な贈り物である。
あるとき、ディズニーが大好きな知人がいたので、彼女にディズニーのガイド本を贈った、、、。はい、残念でした!賢い方ならお分かりでしょう。ディズニー好きなら、私などからガイド本など送られずとも、すでに山のように持っているものである。
またあるときは、コーヒー好きな知人に、コーヒー豆を贈った、、、。はい、残念でした!コーヒー好きなら、コーヒー豆にこだわりがあって当然なのである。よっぽど高価な珍しいコーヒー豆ならともかく、相手の好みに合う香りや焙煎など、ありがた迷惑になるのを何故予測できなかったのか。今でもそれを贈った相手のことを思い出すと、恥ずかしすぎて二度と会いたくないなあとまで思ってしまう。 - 病院に花や果物×
あるとき友人が入院した。1週間くらいの入院である。命には別状はなく本人至って元気な様子であったので、お見舞いに行くことにした。さて、こんな時にお見舞いに何を持って行けば良いのか?定番はお花だろう、と思った。だって、ドラマでもお見舞いにお花持って行くシーンは山のようにあるじゃん?そう思ってお高いお金を出して買って持ってったのだが、コレが大間違い!最近花粉などの影響や生ものに付くばい菌などの問題で禁止されている病院が増えているのだ。速効その時は受付で拒否されたのであった。高かったのに、、、。いや、考えなかった私が悪かったのだ。病院によってはOKな所もあるのでくれぐれも、事前のチェックは必要だ。
それから、その失敗をふまえて今度は親戚のお見舞いに行くことになった。お花はもう持って行かないと決めていた。となると果物の籠であろう。コレもドラマで良く見るから大丈夫ではないかと思ったのだが、コレが大間違い!生ものは、細菌の温床になるらしく、禁止されていると言われてしまった。病状にもよるらしいが、これも事前のチェックを怠った私の責任である。果物が原因で、入院患者さんをさらなる病気にさせてしまうところであった。(他の患者さんにも悪影響なのだ)ことほどさように、病院へのお見舞いの品はむずかしい。
病院でなく友人宅へ訪問とか、誕生日などに花束はアリだとは思う。 - 相手の荷物になるもの×
知人のライブに行った。結成10年目というので、洒落たつもりで結成年のワインをお祝いに持っていった。考え方は悪くなかったのだと思う。(保身のための言い訳)しかし、ライブ会場で渡したのがまずかった。楽器の設営や舞台装置など大道具などかなりの大荷物があったし、当日はかなり忙しくライブが終わると即撤収だったので、ワイン一本の所在など簡単に行方不明になるのである。仮に、行方不明にならなくとも、割れやすいワインの瓶は非常に取扱が迷惑であっただろう。これがもし、各メンバーの自宅に配達とかならまだ良かったのではと思う。本当に考えなしの自分が嫌になる。 - 相手のタイミングを無視×
その時は、相手のご自宅の近くまで行く予定があり、通りすがりに挨拶がてら寄ったのだが、丁度その相手は旅行に出掛ける瞬間であった。『今もらっても』という表情が忘れられない。
しかし、私としてみたらわざわざ、『今からプレゼント持って行きます』とは恥ずかしくて言えなかったのであり、しかも品物も微妙なお菓子の詰め合わせ品であったので、なるべく軽い気持ちで渡したかったのである。結果、半ば押しつける形で、その品を置いて飛んで帰ったのだが、とんだ迷惑な話である。完全な自己中野郎である。私は、その日からその相手の顔をみると申し訳なくて顔向け出来ない空気を作ってしまった。本当に嫌になる。 - 自分の身に釣り合わないもの×
あるとき、とてもお世話になった先輩に高級スカーフを贈った。おしゃれな先輩だったのでショップの店員さんに選んでもらうことにし、センスは良かったと思う。しかしお値段が結構したのである。ン万円したのである。私としたら感謝の気持ちだったので、喜んでもらえると思ったのだが、、、。その時は受け取ってもらえて良かった良かったと終わったのだが、後日御礼の返礼がドーンと届いたのである。(スカーフではないが)調べてみたらほぼ私が贈った金額と同額であった。思うに、私の懐具合を知っていた先輩は、そのまま高額な品をもらうべきではないと考えたのだと思う。私は、どうして良いか分からなかったが受け取るしかなく申し訳ない気持ちになった。御礼が御礼にならなかったのである。なんて身の程知らずな物を贈ったのだろうと後悔した。高けりゃいいってもんじゃないのである。身の丈を考えて贈るべきだと痛感した。結局、お世話になった先輩に気を遣わせただけであった。
ええ、これらは全部
私が行なってきたものです。
まったく、恥ずかしい。
※私は悩みすぎて占いでギフト運を見てもらった事があるけど、
(つまり占いで見てもらうほど悩んでいたってことだけど)やはり最悪にことごとく悪い。
その時はタロット占いだったから、何座が、何月生まれが、何型がというワケではないので安心していただきたい。仮に私と同じ誕生日だったからと言って、あなたのギフト運が悪いわけではないと言うことは大声でお伝えしたい。つまりは私という人間が、そういう人間なのである。
具体的にどこがどう悪いかというと
なにかズレたモノを贈る運らしい😳
、、、知ってた。
(占いを全面的に信じるワケではない)
占われるまでもなく、自分自身で感じていたのだから、贈るセンスがないのは分かっている。
ただ、自分のせいではなく、自分の運のせいだと責任転嫁したいのである。(自分のセンスと思慮の無さのせいなのだ!占いのせいにしても仕方ないのに、愚かなものである)
結局何を贈れば良いのか
そんな私が、散々恥ずかしい思いをして分かった事は
結局”相手に選んでいただけるギフト”が
一番安心であるということ
「Amazonギフト」や「QUOカード」は安心安全であると悟ったのである。
以下は間違いの無い贈り物の一例である。
ギフトカードや商品券的であったとしても、手作りのメッセージカードが添えられたりするタイプもあり、心は充分込められる。
と、私は思うのである。
価格:2525円 |
価格:3080円~ |
あくまでも、慣れないうち、相手の事をよく知らないうちや、絶対に失敗したくない時は、無難な物を贈るのも大事なことであると思う。
声を大にして言いたいのは
ギフトに掛けるお金の金額と
相手の喜ぶ顔はイコールじゃない。
ってことだ
極端な話”肩たたき券”的な物がダイヤモンド級に嬉しい贈り物になる場合だってあるのだから。
センスが命。
センスとは
相手を思う心につきる。
(結論。テストにでます)
ただ、
それが 悲しいかな、カラまわることだってある。
こじゃれた物を贈ろうなどという考えは、相手の事をよく分かって、プレゼント上級者になってからでも遅くはない、と思うのである。(あとからの後悔先に立たずである)
勿論、自信がある方は思いっきりギフト選びを楽しんでいただきたい、と思う。
相手が喜ぶ物を贈れたとき、贈った本人も幸せになれるのはまちがいない。
ちなみに私が贈られて困った物
私ごときが言うのもなんだが、贈られて困ったものがある。
なんでも喜んでいただくスタンスである私であるが、やはり苦手があるのである。
最後に何かの参考に。(参考になるかな~?)それは
サプライズです。
サプライズが好きな人は自分もサプライズをしてもらいたい人だと思う。
喜んで欲しいから何日も前から計画してくださる気持ちは本当にありがたい。この幸せ者!と思うし、本当にありがたいことだと思う。文句言うなどバチあたりと思う。
が、こちらも、必要以上に喜ばないといけないのでは?とプレッシャーを感じてしまったのである。(いや、本当におそろしいくらい、うれしいのに間違いはない)お返しをどうしたらいいのだ、、、と瞬時に思う日本人的な自分も嫌なのである。(自分の問題)
ええ、傲慢な話である。だから、本当にありがたいし、ありがたいのである。感謝はしてもしきれない。
ありがたさは、無限大に思うが、苦手なのである。恐縮してしまう。
そういう人間もいることはいるのである。
サプライズを計画する能力も無い自分が呪わしいだけなのかもしれない。

読んでいただきありがとうございます
間違いの無い贈り物に、是非→
価格:8580円~ |


