国宝(映画の感想)

映画
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あらすじ

極道の家で生まれた男が女形の才能を見込まれて、組が解散後、歌舞伎の家へ引き取られ芸をひたすら磨くことになる。歌舞伎の家にはすでに同い年の息子がいるが、いっしょに女形の芸を磨くことになる。しかし歌舞伎の世界は決して甘くない。そこからの女形二人の男の波瀾万丈の50年が描かれている

ネタバレなし感想

長いです!

とにかくミッションインポッシブルファイナルレコニングくらい長い!(上映時間の話)3時間ですからね!終わった後は女子トイレは激混みになります。それだけは言っておきます。

良いシーンを撮りまくって撮りまくって思いがつまりまくりなのを、泣く泣く削って削って3時間に収めたんだという怨念というか、諦めの悪さみたいな思いがスクリーンから出ていました!(それだけ思いが伝わる映画だったってことです)
できれば前編、後編と分けてトイレ休憩でも挟んでまだたっぷり上映したかっただろうな、、、と感じました。だって歌舞伎の演目フルで撮ってますよね?あの歌舞伎の演目を一から最後まで、役者さんに演じてもらって撮ってますよね???とにかく吉沢さん、横浜さん、田中さんが美しくすごく贅沢な時間でした。(渡辺さんも最初連獅子されてたと思いますが、、、多分)

見ながら『あれ、これフラガールっぽいぞ?フラガールを好きな人が撮った映画じゃないかな』と思ったら本当にフラガールの監督が撮っていたと後で知って、家に帰ってびっくりするほど大声を出してしまいました。これは、まじに、知らなくて本当にびっくりしたんです。雰囲気違うのに何でだろう、、、。
フラガールの松雪さん、蒼井優さんのフラダンスシーンに通じるものがあったんですよ。やたらアップが多いところとか、カットの仕方などフラダンスの撮り方と歌舞伎のシーンの撮り方と似ていました。
(そして、『フラガール』がまた見たくなったのでした)
吉沢さん横浜さん役者さん2人の踊りがどれくらい上手いかどうかはハッキリ言って分かりません。私は残念ながら歌舞伎を見たことがないので。(そもそも語る資格なしでしょ)ただ、本当に2人が奇麗だなと思いました。踊りだけじゃなく、独特な言い回しも迫力あります。二人の演技に泣かされました。


歌舞伎の世界の方が出演されてたそうですが(観ているときは知りませんでした)その方はこの映画では歌舞伎を披露されてないんだと思います。(多分)楽屋シーンはありました。(そういえば寺島しのぶさんは歌舞伎の世界の方でしたね!でも女性だから歌舞伎シーンはなしでしたが)。ちょっともったいない気もします。

子ども時代の役者さんがすでに色っぽかったと思いました。これだけで一本の映画が出来そうなくらい少年時代の役者さんも魅力的に踊ってます。なんとも贅沢な気がしました。
あと田中さんの女形はすごいですね。ダンサーの方は型が出来ているのでなんでも出来ちゃうんでしょうか。妖艶です。ゾクゾクしました。
しかし歌舞伎ってやっぱり大変そう、と思ったのも事実です。

海外に向けてアピールしているのもすごく感じました。任侠の世界から始まりますし、つかみはOK!です。(詳しくは言えませんが私は冒頭から日本人だけどWAO!って思ってました)雪化粧の景色も桜も印象に残りました。任侠=背中に彫り物っていうのもきっと日本独特なのかもしれません。海外の方はもっとフランクにやってそうなイメージです。実際彫り物の(タトゥー)展覧会があったら、日本は独特な芸術的な図柄が並びそうだなとか思ってしまいました。有名な桜風吹の彫り物は町奉行金さんでしたっけ、、、
ああ、すみません、話が飛びました。とにかく、背中の彫り物も美しかったです。
とにかくなにかしらの世界へのアピールは強い作品になったのではないかと思います。この映画を見て歌舞伎に興味が出て、観に行く人がきっともっと増えるのではないかと思います。

ネタバレあり感想

ネタバレで思い付くままメモしていきますね。
見た人だけ分かる感想を書いて行きますね。
知りたくないかたは、進んじゃダメですよ!

最初に思ったのは、ベタですが、血筋か芸か?という選択しかなかったんですか?という疑問が沸きました。

全てはこの半二郎の判断がずるい。(じゃないと脚本にならないのだろうけど)芸に厳しいからこその苦渋の判断というのは分かるけど、やっぱり後で自分でもその判断を後悔したにちがいない。奥さんがその判断を止められないのなら、周りのスポンサーさん達が止めるべきだったのでは?自分の代役を一人に絞ったのがまちがい。せめてダブル代役という形がとれなかったのか?と思う。(ダメなんですか)
とにかくどっちかに選ぼうとした融通のなさがまちがいでは?これでは東一郎が大きく”期待”するのも無理はないと思う。東一郎には自分の家族はもういない、そんな孤独感は常にあったし、あった中での大抜擢だから、血は超えられなくてもそれに近いまるで家族になった気さえしていたと思う。常にある”血”への渇望感への答え。
半二郎はずるい見方をすると、代役は東一郎にさせるけど継がせるのは自分の息子がいいなあ、位は思っていたかも。だから、息子が逃げたのは思いも寄らなかったと思う。でも、一方で花井の看板とか借金とか自分の息子に背負わすのが実は酷だと思っていたのでは?自分の死期が近いことは分かっていたし後ろ盾が無くなるとこの世界、厳しくなることは分かっていたのだから。あくまでも私の想像ですがそう思ってしまいました。
もし、息子が逃げることなくそばで修行を積んでいたらどうなっていただろうか、、、。最後の舞台で本当の自分の息子の名前を呼ぶところなんて絶望的だと思いました!東一郎の最高の瞬間でどん底に突き落とすんですからね。
東一郎が神社で悪魔と取引きしたなんてシーンを作ったのもそのための強調でしょうか。(そこの神社行ってみようかな、、、。)

息子の半弥は逃げましたよね!逃げたんじゃないと言いつつ逃げましたよね!父の血は引いていて同じ病気になるのに芸は血だけでなんともならんとは。スポーツ選手と似ているのかもしれません。大物選手の息子が必ずしも同じような選手になるとは限らないように。一緒に逃げた春江も春江だけど!でも結局血が半弥を呼び戻すし春江は結局梨園の妻になってますね!おめでとうございます!!半弥にも内縁の妻いらっしゃることはないんですかね?(邪推)
東一郎の子どもが女の子で半弥の子どもが男の子というのもなるほどなーと思う事がありましたし、最後は娘(自分の血が)自分をみつめる存在になったことなど、最後まで”血”に対する執着も感じました。(監督の思いかな)人生、一体なにを見て生きて、何度やらかしをしようとも、自分のやりたいようにしてしまうし、結果どこにたどり着くのか、ぎゅっとつまっていた映画でした。

正直、見るまでは歌舞伎の裏の”ドロドロ”が描かれているのかな、と思っていました。ベタですけど、草履が隠されたりとか、衣装が隠されたりとかするのかななんて。でもそんなことはなかったです。勘違いでした。安心してご覧下さい。そんな映画ではなかったです。私が以前読んだ本の能世界(世阿弥の世界)では他にもいろいろタブーなことが描かれていましたので、もしかしたら、そういうこともあるのかなと思っていましたがなかったです。原作では描かれていたのかもしれませんが。

最後に。歌舞伎はちゃんと拵えて衣装を捌く黒衣の方がいて離れた舞台で見ることが大事だと思いました。没入感は大事。じゃなかったら、いっそ衣装も化粧もしない状態の方が色気が溢れてみえるかも。それぐらい仕草が繊細。それこそが国宝なのだと思いました。普通の素人の意見ですみません。でもそういうことを感じさせるシーンもあったと思います。
”あのシーン、もう一回観たい!”と思うシーンが多いので何回も観に行く方が多いのも分かる映画でした。実際観に行った時、映画館は毎回かなり満席状態でした。しばらく続くのではないでしょうか。

読んでいただきありがとうございます